どうしてピアノを習うのか?その第1回。

PTNA(ピティナ)のメルマガを読んでいたら、これから30回シリーズで、「今こそ音楽を!」というタイトルで、なぜピアノを習うのか、PTNAのホームページ上で連載されるそうです。

なぜピアノを習うのか?

ピアノを習うと、どんないいことがあるんだろう。

ピアノや音楽には、どんな学び方があり、どんな力が身につくのか。

今習っている人も、過去習っていた人も、これから習う人も、知りたい内容だと思います。

社会的観点から、歴史的観点から、経済的観点から、脳科学的観点から、大学カリキュラムの観点から、30回シリーズで綴られるPTNA公式ページのリンクを一番下に貼りましたので、ご関心のある方はご覧下さいね。

さて、今回はその第1回でした。

私の感想も交えながら、簡単に内容を紹介しますね。

世界中のモノや情報に溢れている今日、人々は、消費や所有よりも、「心の充足感」を重要視するようになってきました。

いわゆる、「幸せ」はモノでは無いと、必死にモノを求めてきた結果、みんな気がついたんですね。

そこで、欧州では数年前から、個人の幸福度を測る指標として、「超GDP」なるものを開発し、これに沿った国家戦略が始まっているそうです。アメリカも、非公式ながら、独自の指標を開発しているそうです。

う~ん。

「幸せ」って、心ですからね。

どうやって数字にするのでしょう。

教育、健康、寿命、安全などが項目としてあるようなのですが、それにしても「心の中」って複雑ですもんね。

高学歴で金持ちだけど、幸せ感がない。

貧乏だけど、すごーく幸せ。

ということが、実際、経験的にもありますもんね。

皆さんも、ありますよね??

そういう「幸せ」を計る項目の多くを手に入れても、「不幸」という事だってあるんじゃないかなぁ・・・・なんて思いながらも、この問題は複雑で難しいからと言って丸投げしていたら何も始まらないし、今、国家をあげて国民の「幸せ感」のアップに取り組んでいるなんて、そういう時代になったのかぁ~、凄いなぁ~と、社会の成熟を感じました。

さてそこで、音楽も、心の幸せに大きく影響します。

というのは、音楽は、「表現」するものだから。

そもそも人は、表現したい動物。

感情や意志があり、それを表現し、伝えたいという本能が、赤ちゃんの頃から既にあります。

手足をばたばたさせたり、泣いたりして訴えるのも、伝えたいものがあるから。

それが成長すると、自分の感情や意志を、もっと洗練された形で伝えたい、多くの人に伝えたい、感動を与えたい、というような高度な形になっていきます、それが芸術や文学などです。

その中の一つが音楽であり、ピアノです。

自分の思い通りに、感情移入できる。

人に聴かすためでなく、自分の為にも、心を開放し発散できるのは、心身ともに本当に良いことだと思います☆

第1章 1社会的観点から「表現する力」(PTNA公式ページより)  

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